公的な職場で、パンデミックのような危機の管理下における人権問題は、一筋縄で行かず複雑な様相を呈します。
それは、消防署に限らず、警察署、自衛隊、海上保安庁、出入国在留管理庁、病院、保健所、老人施設等々でも起きうることです。
朝日新聞の連続記事に対し、私が本年6月、別の所で問題提起した内容を、このたび若干補足し、ご紹介します。
滋賀県甲賀市の消防本部問題で朝日新聞のエスカレートが止まらない、朝日の良識はどこに?
ワクチン未接種の職員を隔離「差別と感じた」 識者は「人権上問題」:朝日
コロナウイルス感染拡大中の2021年4月、滋賀県甲賀市の甲賀広域行政組合消防本部は、職員向けにコロナワクチン接種の日程を伝えた。しかし、当時30代の女性職員が接種を拒否した。かつてインフルエンザワクチンを打った時に副反応があったからだという。
2021年4月といえば、特別にリスクが高い老人施設の入所者や医療関係者などしかワクチン接種をしておらず、大多数の国民は、まだ接種の順番が回ってこなかった頃。
感染リスクの高い私達に、待ちに待ったワクチン接種の機会が巡ってきたのは、2021年6月下旬で、2回目の接種が7月中旬。それから2週間で一応の免疫ができるので、ひとまず、ほっとしたのは、8月に入ってからだった。
話は変わり、ある精神病院で一人のワクチン拒否の入院患者を中心にコロナ感染がバタバタと拡がって、病院内にクラスターが発生し、外部からの人にまで感染していったという。
個人的な事情とはいえ、その社会的な影響力に直面して、反ワクチン問題に関心をもった院長がいる。
話は戻り、当時の滋賀県におけるコロナ感染状況を見てみよう。
新型コロナウイルス感染による死者数のグラフ。
2021年5月に死者が続出し、増加している。
甲賀市ではないが、同じ滋賀県の彦根市における当時のコロナ感染情況は次の通り。
リンク切れのため、その前後は見られないが、これによると、当時、20代、40代の人も感染している。
新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が、2021年5月、10都道府県に拡大した。更に政府は、8月に滋賀県などを加え、21都道府県に拡大した。
京都、大阪、兵庫、愛知など、感染拡大の著しい府県と近いだけに、滋賀県消防本部が危機への備えに追われていたことは想像に難くない。
そんな時期に、緊急出動すべき立場の消防署内から、もしクラスターが発生したなら、火事だ、急病だ、事故だという時に、緊急出動に重大な支障を来すことになる。
それこそ、人権問題を越えて、死活問題になる。
そうした状況下で、消防署内の人権問題と地域住民の死活問題と、どちらを優先するのが公的な立場なのだろうか?
署内の感染予防措置は、職員家族の健康問題、死活問題にも直結する。
そうした中、物事を殆ど一方的に(そう見える)書いて煽ることを得意とするマスコミが、日本にはあるようだ。
それで記者達は、正義の味方なのだろうか?
そうしたことが、又か、というほど繰り返される日本のマスコミ・・・・
新型コロナワクチンの接種を拒否した30代の職員は、他の職員との接触を制限され、離れた通路脇の協議スペースで業務をさせられたという。
同消防本部は、その事実を認め「未知のウイルスと捉えられる中、感染防止に留意して業務を滞りなく行うためだった。差別の意識はなかった」と説明した。
また、その女性からは同意を得ており「消防署でクラスターが起きると市民への影響が大きく、適切な対応だった」とも説明した。
また、当時30代のその女性職員は更衣室などに入ることを制限され、食事も協議スペースでとることになり、職場内での行動記録を求められたという。
そして体調を崩し、8月末に依願退職した。
その体調は、全く職場での差別に依るということだろうか?
それほどの体調不良では通院した可能性があり、その時の記録は、あるだろうか?
当時のお薬手帳とか?
個人的にも社会的にも深刻な問題なので、そこまで取材してほしかったし、ご本人は非常に辛かったことだけに、より具体的に知ってほしかったのではないだろうか?
当時30代のご本人は、差別だと感じつつも「ほかの職員に申し訳ないと思って耐えた」と言う。
ということは、差別だと感じつつも、ほかの職員に申し訳ないと思って退職した、ということも、幾分あったのだろうか?
ワクチンは有効とはいえ万全ではない。
だから、接種の有無に依らず、もし感染したなら「ほかの職員に申し訳ない」だけでは済まない。職場が職場、任務が任務だけに。
そこで、職員一人一人が多かれ少なかれ、自主的に身を慎み、ひっそりと耐えていた時期ではないだろうか?
内部感染によって消防車、救急車の出動に支障を来し、税金を払っている地域住民にまで申し訳ないことになってはいけない。だからこそ全職員を挙げて、最大限の防御態勢を内部で取ろうと心掛けた、ということではないだろうか?
同消防本部は、当時の厳しい状況下、顧問弁護士の助言を得て対応しており、元職員からの同意を得ていたという。
また、パーティションの入手が困難な時期だったという。
同消防本部に対する投書があり、22年12月に顧問弁護士を交えて内部検証したが、問題は無かったという。
それに対し朝日新聞は、ある弁護士の見解を添え、同消防本部の対応に「合理性があったとは言えない」として、人権侵害、差別の不当性を前面に掲げて社会悪と闘う方向性のようだ。
こうした複雑な問題は、少なくとも第三者の賛否両論を掲載するのが、大手マスコミとしての責務と合理性ある対応ではないだろか?
弁護士に限らず、感染問題や危機管理の専門家に尋ねることも欠かせない。
ニュージーランドなど諸外国における消防署員、救急隊員達の接種義務を知りうる海外特派員からの情報を集めて判断材料とするのは、大手マスコミならではの得意分野の筈だが、それも朝日は行っていない。
そうした、もう一歩、更に足で取材することの重要性を助言する先輩達は、朝日の編集部におられないのだろうか?
朝日がセンセーショナルな話題を好む大衆紙ではなく、気品や理性ある高級紙のような立場を目指しつつ??も高級紙になれず、オピニオンリーダーとして疑問視されることが少なくないのは、その辺の姿勢や理念に基礎的な問題がありそうだ。
もし2年半前の当時、滋賀県の緊急事態宣言下で、この問題が浮上したなら、朝日新聞はどういう立場を取るのだろうか?
未知のウイルス感染に人命が曝される状況下で、個々の人権を重んじる余り、危機への備えが疎かになるなら、甲賀市は、日本は、危機に対応できない町、国家になってしまう。
それを、私は大いに危惧する。
この問題で、もし地元消防署の誰かが責任を取らされたなら、その危惧は現実化しかねない。
将来に好ましくない前例を残しうる。
今後は、危機対応の手足を縛りうる。
朝日新聞の記事タイトル:
ワクチン未接種の職員を隔離「差別と感じた」
識者は「人権上問題」
「識者」という言葉で、記者と朝日新聞の見解を代弁している。
それは、ズルイ。
それなら、取材記事より社説として書く方が正直だ。
では、別の「識者」達ならば、この問題をどう見るのだろうか?
そこが、朝日新聞には決定的に欠けている。
そこが、致命的であり、朝日新聞の信頼と売上が下がるのは無理もない。
そうした記事を今から書いていると、先が思いやられる。
多様性、大手と言いながら、一方の識者の見解のみを載せ、他方の識者の見解を無視する。
それでは、まだまだ高級紙に程遠く、日本の損失でもある。
消防署などの公的機関や日本が緊急事態に対応できず、いざという時に思い切った予防策を取れず、いつも逡巡して決断できない、行動できない国になっていくことで、誰が、どの勢力が、どの国々が得をするのだろうか?
人権優先で危機管理は二の次、三の次になり、優柔不断の民主主義という不満が高まると、民衆は強いリーダーを求め、ヒトラーやプーチンのような独裁者が選挙で登場する土壌となる。
それで、誰が馬鹿を見ることになるのだろうか?
一体誰に、しわ寄せが行くのだろうか?
我々は、未来に、後孫に、何を残すのだろうか?
感染拡大で救急車の来るのが間に合わない、来たけれど病院は満床で受け容れられないことが多発したのは、決して他人事ではなく、まだ事態が終息してもいない。
この問題で朝日新聞や毎日新聞、NHKなどが、人権無視、差別だと騒ぎ立てれば騒ぎ立てるほど、危機管理下における生命の安全を二の次にすることになっていかないだろうか?
職員家族の安全をも、疎かにすることにならないだろうか?
極端な報道姿勢によって、元職員一家は、その地域に居たたまれない思いをしないだろうか?
税金を納めている地域住民の多くにしてみれば、第一線に立って感染の危険と直面してきた消防組合に対しては感謝の思い、退職者に対しては労いの思い・・・・そこに、わざわざ煙を立て、炎上させる必要がどこにあるのか?という心境ではないだろうか?
当時の状況を知る、朝日関連の貴重な取材記事がある。
コロナ感染死した大阪市消防局救急隊員の同僚が激白
「過酷な勤務と“命の選別”に直面する辛さ」
その救急隊員の感染死は、当時、日本中の救急隊員と家族にとって切実であり、他人事ではなかった筈。
一人たりとも感染させるわけにはいかない、という甲賀広域行政組合消防本部の、部下思いの痛切な心を汲むことはできないのだろうか?
もし大衆紙の如き煽り記事を歓迎する新聞社ならば、迎合するのが記者としての宿命なのだろうが・・・・
「細心の注意と対策をしているのですが、コロナの患者さんと接する時間が一気に長くなり、どうしても感染の確率が増えているような」と語る救急隊員。
感染者と接する機会が多い隊員達だけに、ワクチン接種していない職員と接して移してはいけない、その家族にも影響が及ぶ、という配慮もあってこその隔離状態になっていた。
つまり隔離状態によって、接種した人も拒否した人も、お互いに感染から可能な限り守られていたことになる。
それが、「差別」という言葉の拡散で一変してしまった。
せっかくの慎重な配慮が、如何なる時も社会的に許されない絶対悪にされてしまう。
まるで、思いやりを重んじる日本に対して発動された文化大革命のようだ。
それが、朝日の最も朝日らしいところなのかも知れない。
事前通告に従って、滋賀県では緊急事態宣言が2021年8月27日から発動している。
感染情況がますます厳しくなる中、30代の職員は、同月下旬に依願退職している。
「コロナの患者さんと接する時間が一気に長くなり、どうしても感染の確率が増えているような」救急隊員達が頻繁に出入りする職場。
そうした前線基地を絶妙のタイミングで離脱できて、ホッとしたよ、と励ます声は、身内や友人達から無かったのだろうか?
命あっての物種。守られているね。まだ30代でやり直しがきくし、元消防署員なら信用も付いて回る。特に規律が厳しい職場なので、そこでの経験を基に再出発を!と前向きに励ましてくれる人は誰も居なかったのだろうか?
惜しい!実に惜しい!と私は思う。
この調子では、元職員も、記者も、朝日も。
コロナ最前線で闘う救急隊員にとって、もし後方の安全が一応でも確保されなければ、前方も危険、後方も危険で、身の置き場がない。
それこそ、前線から戻っても気が休まらず、身も休まらず、退職者が続出することになる。
大切な家族を守る義務があるので。
そうした当時の緊迫感を、元消防署員の朝日の記者は深刻に受け止めないのだろうか?
朝日の記者や当時30代の元職員は、特に当時のコロナウイルスをどう思っているのだろう?
そもそも、コロナウイルスワクチンや、接種した人達をどう思っているのだろう?
世の中には、コロナウイルスは存在せず茶番だ、ただの風邪だと侮る人達がいる。
コロナワクチンは毒だ、人口削減の殺人兵器だ、禁止すべきだと言う人達がいる。
コロナワクチンに携わる会社や政府関係者、ビル・ゲイツを猛攻撃する人達がいる。
ワクチン接種に関与する医療従事者や公務員を集団殺人者呼ばわりし、集団処刑の対象と見做す人達がいる。
接種を受けた人を、奴隷だ、人間以下の豚だ羊だ、毒の発散者だと見下す人達がいる。
元職員が接種を拒否した時、そうした、とんでもないレベルの逆差別と逆強制指向、逆強制欲求の影響力は皆無だったのだろうか?
身辺にコロナワクチン反対者がいたり、感化を受けていることはないのだろうか?
コロナワクチン反対の思想などを書いたり語ったり、拡散していなかっただろうか?
記者自身や元職員のバックグランドが、朝日の記事では、ぼやけている。
総合判断しかねるまま「人権侵害」「差別」の結論に導かれるなら、それは早計というもの。
でもそれで良し、イケイケドンドンの朝日新聞編集部なのだろうか?
2024年3月29日 追記
滋賀県の甲賀広域行政組合消防本部(甲賀市)問題では、第三者委員会が「違法で不当、不適切だった」とする報告書を出し、甲賀広域行政組合は3月28日、消防長と消防次長への処分を決めました。
それぞれ停職と降格。
暴力、暴言があったとのこと、そして、元女性職員だけでなく、他の職員達からも問題の指摘があったことから、その決定に至ったようです。